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翌年にはE(現F)が正式オープンします。
147億円は当時の外資系企業上陸1年目における最高売り上げ記録でしたが、この会社は次の年に買収を受け、その後の混乱もあって、17年には推定で17億円程度まで落ち込んでしまいます。
NWの正式オープンは17年。
プレオープンの段階ですでに大手に準じるメンバー数と売り上げを確保していたNWは、ERを2倍近く上回る285億円が初年度の売り上げです。
この時点で挑戦者であるNWが挑戦される側に立場をかえました。
17年の売り上げでは業界2位のNSをかわし、あとはAWを残すのみというところまでの成長を見せたNWが、すでに現下のネットワーク戦国時代を制したとの見方もあります。
17年の時点でも、AWがピーク時の17%、NSが17%を保っているのは健闘したと言えますが、回復する要素は見当たらず、HLに至っては、もしかして日本市場から撤退してしまうのでは…と噂されるところまで低迷しています。
17年代の終わりは、インターネットの本格的な普及期にあたり、それをネタにしたネットワークビジネスも内外でたくさん生まれました。
良い意味でも悪い意味でもそれを代表し、インターネットの特徴を見せつけたのがSBです。
メガバイトのホームページを開設する権利という、価値があるのやらないのやらよくわからないものを商材にしたこのバイナリーは、17年ごろに出現するとあっという間に世界数10ヵ国に拡がりました。
実際にホームページを開設する人はほとんどおらず、それどころかインターネットに触れたことすらない人まで巻き込んだこの仕掛けは、言うところの〃多くの被害者〃を生みました。
そんな新興各社の動きに対して、旧勢力であるAW、NS、HLの対応は三者三様でした。
AWはリストラとプラン強化にエクストラボーナスの追加で守りに入ります。
NSはプラン変更と新製品投入で現状維持を図りつつ、中国市場を餌にしたビジョン展開に走りました。
HLはなんの手立てもないままにズルズルと後退していきます。
結局、最後は17年にオクラホマ州最高裁判所からネズミ講の指定を受け、倒産で幕を閉じましたが、時代を象徴する出来事のひとつとして業界の歴史に名を刻みました。
もともとはNSが17年ごろから提唱していたビッグプラネットを源流としたインターネットビジョン系ネットワークビジネスは、日本にも数多く現れました。
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